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カーテンフィグツリー

カーテンフィグツリー


2015年8月2日

「この木はね、タカラが生まれるずっと、ずっと前からこの場所で生きているんだよ。」

 
いつだっただろうか。どこだっただろうか。もう覚えていない。遠い昔、ある木の前でだれかにそう言われたこと以外は。
幼い頃の記憶がたまに、ふと蘇ることがある。''死'’という概念も理解していなかったであろう、その時の自分には、この木が自分の両親よりも、そして祖父母よりも長くこの世界に存在し生き続けている、ということが不思議でならなかった。そんなことを感じた記憶は今も自分のどこか片隅にに残っている。
 
あれから随分と時が過ぎた。そのことがきっかけだろうか。植物の知識は乏しいが、自然の中に足を踏み入れている最中、思わず立ち止まらずにはいられない樹木と出会うことが時折ある。
なぜだろうか。なぜ足を止める?理由は自身にもわからない。しかしながら、自分の中の何かがそうさせる。時に樹皮を手のひらでなぞり、時に耳を押し付け目を瞑る、ある時はただ見つめるだけ。不思議とその存在に魅せられる、そんな瞬間がある。
 
 
そして今。
起伏に富んだハイウェイを走る。両脇に広がるのは、日本では見ることがないであろう赤褐色の土が剥き出しとなった農地、牧草地とそこに野放しにされている乳牛、馬をはじめとする家畜たち、彼らと行動を共にするアマサギの群れ。そして所々に点在する小さな区画の森。時折耳に異変を感じる。徐々に標高が高くなる。アサートン高原を南に向け車を走らせる。英語では''Atherton Tableland''と呼ばれるこの地は、熱帯地域に高原が存在するとして地理的に、そして世界的にも珍しいという。標高は600mm – 1000mm。そのため、夏季であっても気温はケアンズよりも低い。
 
広大な牧草地が続く道を左折する。そこからわずか数分、少しばかり大きく残る雨林が現れ周辺の景色が一変する。その場所にその古木は存在する。
車を降りると、少し冷たく感じる空気、辺りの匂い、先ほどまで車窓越しに広がっていたものとは異なることにすぐに気がつく。この雰囲気が好きだ。
 
何をするわけでもない。しかしながら、時折訪れたくなる。
 
 
この木に会いに。
 
熱帯地方に分布する一部のイチジクやツル植物のことを、''締め殺しの木''と呼ぶことがある。
野鳥などが食物として体内に取り込んだ実が糞として排出され、それが樹上の幹などに落ちて発芽し根を宿主の表面を伝い伸ばし、後に全体を覆い尽くす。
''締め殺し''という名の由縁はそこにある。名前こそ恐ろしいが、これも植物が太陽光を得て成長するために得た、生きるための知恵である。
 
今から約700年前、発芽した苗は成長し一本の樹木を締め、倒木させるまでに成長した。しかしながら、地面に倒れることなく隣にそびえ立つもう一本の樹木に倒れかかった。結果として、その木ともう一本の小さな木の計三本の樹木をを飲み込み今に至る。
現在、カーテンフィグツリーと呼ばれるこの木の誕生物語はとても有名だ。
 
 
その名の由来となった、カーテンのように地面に伸びる幹。
 
約700年間という我々人間にとって途方もない時間この地にそびえ立ち、幾千万もの命の流れを見てきたであろうこの樹木。700年前のこの場所はどのような姿をしていただろうか?どのような命のドラマを見てきたのだろうか?この木の前に立ち、そう考えると形容しがたいものが体を駆け巡り、背筋が伸びる。
 
今やケアンズを訪れる人々の多くがこの木を訪れる。樹木の周りにはボードウォークが整備され誰もが容易にアクセスできるようになっている。
この木の周辺は以前とは随分異なるのではないだろうか。しかし、この場所で流れる不思議な時間は古来より変わっていないのだろう。そんなことをぼんやりと考える。
 
陽が傾き始めた。先ほどまで多く訪れていた人々の姿はない。響き渡っていた野鳥たちの鳴き声が徐々に少なくなってゆく。
不思議な余韻を残しつつ、その場を後にする。辺りが暗くなる前に。
 

※情報は記事作成時のもので、予告なく変更されることがあります。

カーテンフィグツリー

【ウェブサイト】www.nprsr.qld.gov.au/parks/curtain-fig/

【住所】Fig Tree Boulevard East Barron QLD 4883 Australia

Takara

幼少期より動物や自然に興味を示す。動物に対する情熱は冷めることなく大学では生物学を学ぶ。在学中ボルネオ島の熱帯雨林を訪れたことをきっかけに野生動物と自然の写真を撮り始める。その後、自然を求め日本各地、東南アジア、アフリカを訪れ、2014年11月よりオーストラリア ケアンズへ。現在はケアンズ周辺の自然に身を置きながら多種多様な生物の写真を撮影中。http://itakara76.wix.com/life-in-the-nature